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Anne with an E (Season 2 & 3)

  NHK でシーズン2と3を見ました( シーズン1の記事 )。 Wikipedia英語版の説明にある「 このシリーズは、孤児、子供の放棄、心理的トラウマ、適合性、ジェンダーの不平等、人種差別、宗教、同性愛、いじめ、言論の自由といった社会問題を含むさまざまな問題に取り組んでいます 」という側面がより大きくなっています。 人種差別については、 ギルバート・ブライスが船員生活をしていた(!)間に親友になったカリビアン( Trinidad生まれ )の セバスチャン を父が死んだ後の実家に招いて同居することについての周囲との軋轢が1つのテーマです。シャーロットタウンの黒人社会の話も描かれます。なお、ギルバートはこの段階で医学を目指し始めます。 もう一つの人種差別の話は、カナダ先住民への同化政策の話で、子どもたちが強制的に寄宿学校に隔離されてしまうことが描かれていました。苛烈な同化政策が世界中で起きていた(現在も起きている)ことは周知の事実ですが、カナダの例ははじめて知りました( 英語  Wikipedia の記事 )。 映画 も作られているようです。アンの友だちの少女がさらわれてしまう話は尻切れトンボになっているのですが、シーズン4でなんとかする予定だったのかもしれません。 シリーズはシーズン3で打ち切りということですが、再開運動は行われています( annnenation 、 change.org 、 gofundme )。

Anne with an E (Season 1)

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NHK でシーズン1(1〜8話・元シリーズ7話を8話に編集)を見ました。 ミニシリーズかと思いましたが、シーズン3まであるようです(NHKが放送してくれるかどうかは現時点では不明)。 今回の adaptation では映像的なリアリズムが重視されているようで、映像は透明感と奥行きがあって非常にきれいです。配役としては主人公役の Amybeth McNulty が(超おでこな点・目が離れている点を含め)近藤喜文氏のアンを彷彿とさせ(既視感が...)、演技も素晴らしく見えます。今回のマリラは形態的に尖っています。子どもたちの描写はあるある感があります。 原作を見返してみると思ったより原作に沿った作りになっています。一方、原作ではそれほど大事にならないブローチ事件でアンが孤児院に送り返される話は印象的です。アンの初潮の話、マリラが先進的な母親の会に出席する話、アンが学校でフィリップス先生について性的に下品な噂話をみんなにしてしまい、学校にいけなくなる話や、火事になったルビーの家に飛び込んで窓を締めて消火を助ける話は原作になかったと思います。最終話では、作物が事故で売れずにマシューが心労で倒れ(死んでない)グリーン・ゲイブルズが経済危機に陥ります(それはそれでなんとかなったようなのですが、別の cliffhanger  で終了します...)。 キャラクターとしては、マリラとマシューそれぞれの想い人が描かれます。ダイアナのおばさん  Josephine  が登場しますが、同性愛者であることがほのめかされます。他にグリーン・ゲイブルズに雇われているフランス語話者の男の子(Jerry・原作でも名前は出ている)もそこそこ重要な役割を果たします。 北米の(質素な)中産階級の人々の物量感にはいつもながら圧倒されます(家が大きい)...

イニョプの道

放送途中ですがちょっとメモ JTBC 制作(2014/12〜2015/3) 原題: 하녀들 (下女たち)(英語の題:Maids [え?]) NHK BS での 奇皇后 以来の韓国ドラマ( 日本語Wikipedia ) 演出:조현탁(Cho Hyeontak) 第一話はディズニー映画ばりの演出、カメラワークで気合いが入っていました。 両班の家の中を下働きの人びとの生活も含め、彩り豊かに活き活きと描写していたということですね。 お話としては、主人公の父が陰謀により処刑され、家もお取り潰しになって、主人公は奴婢階級である下女になってしまうという展開になります(第三&四話)。 このドラマを見ていて思うのは、いい意味で描写がリアルなのかどうか混乱するということです。時代劇なんだけれど、どこか時代劇っぽさがない。極度に階級社会のはずなんだけれど、登場人物はそれを無視して「活き活き」と振舞っている。でも昔の話だからといって登場人物が時代劇のステレオタイプに沿って動くことを期待するのは、こちらの先入見で、ひょっとしたらこのドラマのほうがリアルなんじゃないかと考えて混乱するわけです。(台詞や演出も微妙に現代劇っぽさとのバランスをとっている気がします。)いろんな演出とか俳優さんのお芝居とかも含め、ここらへんは計算づくで作られているようで、気持ちがよいです。下女たちの「制服」も綺麗で、撮影や演出のせいか、登場人物も「近く」にいるように感じられます。

近肖古王

近肖古王 放映中 百済の王子が危機につぐ危機をくぐり抜けて王になる話。 ドラマ的にはこれでもかというほど陰謀と策略が展開される。 時代は4世紀半ば。百済と高句麗が敵対している。 後に 太王四神記 の好太王(高句麗王)の祖父故国原王を戦死させている(つまり太王四神記より前の話である)。また倭王に七支刀を送る外交を行った。 歴史の教科書では、高句麗、百済、新羅と朝鮮半島史の中で習った(実際百済の領域はほとんど現在の韓国にある)ので、百済は朝鮮民族の国だと思い込んでいたが、 Wikipedia の記事 を見ると、冒頭でツングース系と決めつけている。百済と高句麗がその前にあった夫余族の国であることは中国の歴史書にあるようだ。夫余の言語については要するにほとんどわかっていないのだが、日本語と同系という説もあって、その場合は日本語の起源のミッシングリンクとなる言語ということになる。(現在の朝鮮語・韓国語は新羅の言語を源流としているらしい。) ドラマの中で、ビジュアルには王族たちは中国風の服装をしている(鬘を節約するためか頭巾をかぶっているところは水戸黄門にも見えるが)。これもそうなのかもしれないとしかいえない。同時代の日本の服装というと、みずらを結った大国主命スタイルである。これがビジュアルにいまいちなのも日本で古代ドラマが作られない理由の一つかもしれない。上着とかマントとか被り物とかが欲しいところである。 「近肖古王」の登場人物の考え方というのは、たぶん王国というもので人々がとるであろう規範一般に従っているように見える。これも実際のところはわからない。近肖古王中では、人々は仮想された「道理」に従って、自らの行動を正当化しようとする(ここらへんは韓国ドラマの王道かも)。日本で古代ドラマが作られない別の理由は、(日本の)古代人がどういう行動原理を持っていたのか皆目見当がつかないことにもあるかもしれない。また「道理」のバトルという形で日本のテレビドラマが構成しにくいところも、こうしたある意味異文明ものとなる古代ドラマをつくりにくい理由の一つだろうか。 ドラマでは、服装と道理の追求という2つの面から、高句麗、百済の人々はかなり文明的な人々に見える。いっぽう、Wikipedia によれば漢字の使用はこの近肖古王のころに始まったのだとい...

Kevin Sullivan 版「アン」シリーズ

最近見た Kevin Sullivan 版「アン」シリーズ についてのメモ Anne of Green Gables (1985) Megan Follows 17才 部分的には(例えばマリラのキャスティングとか)高畑版に酷似している。 いちばん高畑版と違って見えるのはダイアナのキャスティングか。 近所の奥さんたちが政治家の出席する集まりにいくところとか、当時の島の文化度を表しているように見える。働けば農民でも文化的な生活ができたすばらしいところだったように描かれている(「 こんにちはアン (Before Green Gables)」や下記の 2008 年の作品ではたぶん意図的に当時の社会のダークサイドを描いている)。 後半はアンとギルバートが秀才ぶりを競う話となる。 ※マリラのセリフを聞いていると言語能力(皮肉の能力)はアンよりマリラのほうが秀逸 :-) The Sequel (1986) Megan Follows 18才 学園の教師となるが、街の一族にいじめられるという、これも少女漫画ぽい展開。 漫画ぽくコメディでもある。学園のシーンは「こんにちはアン」の孤児院のシーンを思い出させるところもある(もちろんこれは引用の順序が逆)。 「 アンの幸福 」に基づいているようだが、かなり違う話のようだ。 The Continuing Story (1999) Megan Follows 31才 途中から第一次大戦(1918年前後)になり、いきなり前線へ飛んで戦争映画に。 夫たちが前線へ駆り出されるさまは、日本の戦中を描いたドラマを思い出させる。 (家が大きいのとキスシーンが違うが) というか、こんな話、原作にない。アンの生まれたのが1860年代だとすると第一次大戦のころには60才近くになっているはずである... 話はどんどん戦時スパイものっぽくなっていく。 ここまで(1.〜3.)は全般的に文学的というよりドラマ的または漫画的展開(それが必ずしも悪いわけではないが)。 A New Beginning (2008) 主役キャストは Barbara Hershey と Hannah Endicott-Douglas(幼少時)に。 第2次世界大戦後に作家のアンが幼少時を回想するという作りで、もう一つの「Before Green Gables」(同じ年に発表されてい...