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On Intelligence

この記事の 日本語版 I recently stumbled on Jeff Hawkins 's theory on the Web and read his book published in 2004.  His theory is about how brains work and he purports that his theory would be valuable for building intelligent machines.  I came across it belatedly perhaps because I was in a more symbolistic approach until recently.  The book is interesting for me partly because I was also enthusiastic on the brain around 1980 when I was a student (like the author). The following is the gist of his theory written in the book: Vernon Mountcastle's principle: all the neocortex regions are performing the same basic operation. The neocortex uses stored memories to solve problems. The four attributes of the neocortical memory: The neocortex stores sequences of patterns. The neocortex recalls patterns auto-associatively. The neocortex stores patterns in an invariant form. * This is to say that it recognizes patterns by learning. The neocortex stores patterns in a hierarchy....

Women, Fire, and Dangerous Things

遅ればせながら George Lakoff の「 認知意味論 」を読んだ。 これだけ重要な本なのにレーダーにひっかからなかったのは分厚すぎるからだろうか。 (哲学業界でも微妙にスルーされているような気もするが...) さて、この本のテーマは明確で、ひとえに Lakoff が「客観主義(objectivism)」と呼んでいるものへの攻撃である。「客観主義」とは、おおむね次のような主張だと考えられる。 集合として表現される(古典的な)カテゴリが世界の中に存在する。 そのカテゴリに対応する記号を用いて世界を(ユニークに)記述できる。 これに対するLakoff の反駁は大雑把に言って次のようなものと考えられる。 認知科学の知見によれば、我々が用いるほとんどのカテゴリは明確な境界を持たず、集合として表現されるようなものではない。 Putnamの証明によれば、ある事態を表現する記述(モデル)は複数(無数に)あり、ある記号体系が世界をユニークに記述するということはない。 Lakoff は、Putnamの証明は「モデル理論を用いて定義される客観主義の意味論」は矛盾していることを証明しているとしている(15章)。Lakoffによると標準的なモデル論的意味論は次のことを仮定するとしている。 文の意味は可能な状況(可能世界)ごとに、その文に真理値を与える関数である。 文の部分の意味を変えながら全体の意味を変えないということはできない。 Putnamの証明は、1の関数を変えないままで、文を構成するタームと世界内のオブジェクトを複数の方法で関連づける方法を提示している。つまり、2 がなりたたないわけである。Lakoff は、このことは一般的にあてはまることであり、標準的なモデル論的意味論だけではなく、Barwise らの状況意味論にもあてはまるとしている。 この証明は Putnam が内的実在論(internal realism)を取ることになった論拠として重要なものだが、上記のモデル論的意味論の定式化は最初からあやしい気もする。1. での「意味」と 2. の「意味」は同じものを指しているのだろうか。 Lakoff は、客観主義はPutnamが論駁した形而上学的実在論の特殊化であり、意味論の基礎付けに用いられてきたが、Putnamの証明をもって廃棄されるべきだと主張する。 ここで私にはわから...