(脱) 成長論・まとめ

経済成長について、いくつかの論点にまとめてコメントしてみます。
  • 経済成長は持続可能ではない。
    有名な議論はローマ・クラブによる「成長の限界」ですが、正確には有限な資源を成長にともない上限を持たないような増加曲線で利用するような経済成長は持続可能ではない、ということになります。これは論理的に正しいでしょう。
    上記の寄稿記事ではまだ限界に来ていないから大丈夫と述べていますが、目先のことしか考えていない無責任な発言と言えましょう。また、資源価格が上昇していないとも述べていますが、2000年代になって原油価格は経済が成長するたびに高騰して経済成長にブレーキをかけているのが現実と思われます。そもそも市場は失敗するものであって、有限資源領域(人間社会と地球)での成長を論じるにあたって市場を持ちだしてくるのは不見識といえましょう。
  • 有限な資源を用いた無限の経済成長
    無限の経済成長を有限な資源を使って成し遂げることは論理的には可能です。すなわち、資源の利用の増加曲線が成長にともなって上限を持つように行えばよいわけです。このためには、不断の資源利用の効率化を行えばよいことになります。
  • 脱成長論について
    脱成長論は、経済成長が(多くの事例が示しているように)幸福の増大に直結せず、かつ持続可能で反倫理的なのであれば、経済成長を求めることはやめよう、やめるべきだ、という議論といえるでしょう。
    上記の寄稿記事の主眼は反脱成長論でした。脱成長論をとるか反脱成長論をとるかは、それぞれの人の基本的な世界観(世界に対する態度)によってくるのではないかと思いますが、よりよい生活を求め(て努力す)ることが人の性と考えた上で、持続可能な成長を求めるとなると、上記の有限な資源を用いた無限の経済成長というあたりが落としどころとなるかと思います。
    実際、現時点でみんなが経済努力を放棄すると経済の大収縮が起こるかもしれませんし、逆に人々の経済努力(=欲望)をコントロールするうまい手立てもないかと思われます。資源価格上昇、人口・食料問題、法規制、それに時代精神の変化などによって経済が動き、なるようにしかならないと考えられます。
  • 非成長と停滞
    成長しない世の中はどのようなものになるでしょうか。失われた20年余の日本で実質上経済成長がないのであれば、私たちはまさにそうした世の中を経験していることになります。また、人類は最近の2〜300年を除けばほとんど目に見える成長なしで過ごしてきたといえます。
    資源利用効率の上昇はひとまず置くとして、成長しない世の中が常に停滞的なものとはかぎりません。ダイナミックにスクラップ&ビルドを行う世の中かもしれませんが、その場合、スクラップの部分で痛みが発生するでしょう。
    成長しない世の中では失業が増えるともかぎりません。それは仕事の分配の問題だからです。
  • 非成長 vs. クラッシュランディング
    そもそも「成長の限界」が指摘していたのは(力学系的な)カタストロフィであって、我々が真に心配すべきなのは、停滞云々なのではなく、環境または資源状況の突然の悪化によるクラッシュランディングだと言えます。脱成長論を積極的に実施すべきとすれば、この衝撃をできるかぎり和らげるということにあると思われます。(これについては同様なことを以前 Transitionについてのブログ記事でも書きました。)

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